伝説では、夫婦と男の子からなるキリシタンの家族が弾圧を逃れてダンジクの藪の中に隠れましたが、子供が海岸に出て遊んでいる所を、船に乗って来た役人に見つかって、全員が処刑されました。海岸には、子供が乗って遊んでいた大石や、役人が船を着けた磯(ここに船をつけると海が荒れると言われる)などがあり、ダンジク様にお参りする際には船で来ることが禁止されています。
山田や舘浦には、ダンジク様を祀る講(組)が復数あり、親子3人の姿を描いたお掛け絵が祀られています。1月16日はダンジク様の祭日(命日)とされ、かつてはかくれキリシタン信者が現地で行事を行い、漁業関係者も大漁祈願のためお参りしていました。
山田集落のかくれキリシタンのオラショの中には、「ダンジク様の唄」という唄オラショがあり、「んー、参ろやな参ろやなぁー、パライゾの寺にぞ参ろやなぁー。パライゾの寺とは申するやなぁー、広いな寺とは申するやなぁー、広いな狭いは我が胸に在るぞやなぁー。うー柴田山柴田山なぁー、今はな涙の先なるやなぁー、先はな助かる道であるぞやなぁー」とうたいます。
この唄は、弾圧に苦しめられる当時の状況と、この試練の先には神の救いがあるという思いを込め、キリシタンの信仰を守る気持ちを唄った名曲であるといえます。