大きさは径9cmから30cm位、スギの板に銅板を張り、仏像には阿弥陀如来や薬師如来、聖観音、不動明王、地蔵菩薩、十一面観音等があります。普賢菩薩と文殊菩薩、2つの像をつけたものもあります。これらは熊野十二所権現の本地仏(神様が仏の姿となって現れたもの)と考えられています。
懸仏には、透のある光背、首飾りや瓔珞、花瓶に花が付けられるなど丁寧な作りのもの、小形で簡素な作りのもの、薄い板を打出して成形しただけの粗雑なものがあります。裏に正応4年(1291)や応永(1410年代)の年号が入っているものもありました。これらは畿内周辺からもたらされたものと考えられます。
造形的に優れていること、制作年代のわかる資料があること、北部九州における仏教文化の受容を考えるうえでも重要な資料ということで県の文化財に指定されています。記録がほとんど無く、松浦党と呼ばれる人々がいた中世のこの地方の、歴史を探る貴重な資料です。